2008年9月20日土曜日

あげあしとり

 
「学校というのは真理を追究する場ですから、「不正確でもだいたい伝わればOK。むしろ正確であっても伝わらないのであれば、その論文は世の中に存在していないに等しいので書く必要なし」などという教え方はしないのです。」(なぜ「勉強はできたのに仕事はさっぱりな人」がいるのか? ~「勉強と仕事は違う」プロブレムについて~

大学では,確かに「不正確でもだいたい伝わればOK」とは教えませんね.ですが,「正確であっても伝わらないのであれば、その論文は世の中に存在していないに等しいので書く必要なし」です.正確に書く事が最低限基準で,さらに面白く書かなければいけないから研究者は苦労しているのです.とくに,nature,scienceクラスの論文となればことさらです.natureは商業誌で,読者には一般の方もたくさん含まれています.「不正確でもだいたい伝わればOK」とは,如何ような物言いでしょうか.間違って伝わる可能性がそれほど良いのでしょうか.(いや,確かに「不正確でもだいたい伝わればOK」というのが日常の大半です.そうでなければ窮屈で生活ができません.)

情報の伝達と正確さは両立することであり,いやむしろ,正確さがなければ正確に伝わらないのはあたりまえでしょう.


問題の本質は,学問の社会では他の社会の方からすると過度に思われるような論理的厳密さが求められていますから,他の社会に出た時はその社会の基準に合わせる必要があるという事です.誤解しないでいただきたいのですが,これはどちらが優れているかという問題ではないのです.社会での仕事は,時に論理よりも行動が実効的であることは,社会のみなさんが一番実感されているでしょう(科学の社会でもそうです.とりあえず実験してみたら良いという事はあります.).

行動者には論理が無くて「も」良いのです.スポーツを見ればすぐわかります.行動して成功すれば良いのです.もちろん論理があれば行動を補助できるでしょうが,第一義でありません.本当か知りませんが,サッカー選手はアイコンタクトで意思を疎通することがあるといいます.そうだとすれば,サッカー選手から見れば,他の社会の方は「何を悠長なことをしゃべっているのか」という事になるでしょう.思考と行動の平衡がそれぞれの社会で異なるのだと思います.

自戒を込めて良いますと,教育関係者も自分たちの社会の基準が絶対ではなく,「適応的であれ」ということを学生に伝えるべきでしょう.時に,自分たちがやっていることがそのまま他の社会で通じると傲慢に思いがちです.お互いに相手の社会との差異を認めてることが重要だと思います.


最後に,この方の思考過程は間違っていると思いますが,結論はあっていると思います.

ちなみに,普通の日常では,過程が間違っているのに結論があっている,そういう事が往々にしてあるから,その思考過程は厳密には問われないのでしょう(もしくは問わなくて良いのです).私の文章はあげあしとりの類ですが,ただ,安易に「大学と社会は違う」という典型的な問題構造に落とされてしまうと,教育関係者はかなり迷惑でもあります.

この方の結論の一部ですが,

「「読者」についての考え方を変えることで、書類や話し言葉の質が大きく変わってきますヨ!」
「気持ちがこもっていないからではなく、テクニックがないから読まれない」
その通りだと思います.それぞれの文章を読む読者は異なるのです.


このブログの順位は何位でしょう?
クリックしてくれると嬉しいです↓↓↓
ブログランキングのサイトへ
 
 
 

2008年9月17日水曜日

いろいろな博士

 
以前から博士課程学生の進路について言及しておりましたが,最近,医学や薬学では博士課程の事情が理学工学系とは異なることを知りました.

医学では,少なくとも私のいる大学では,修了要件さえ満たせば学位論文は出さなくていいようです.博士課程に入学してくる方も一度研修や臨床を経てから,30歳前後で入学という方も多いようです.時には,週の半分程度は医療者として働きながら通学するという方もいるとか.取得目的も,必ずしも研究者になるためというわけではなく,医療者として戻っていく方も多いようです.

薬学は一風変わっていて,製薬会社が博士号取得者を積極的に採用しているので,修了後に大学への進路よりも企業へ行く方が多いとか.確かに,製薬会社は膨大な研究費をつけていますから,納得がいきます.ただ,これはある大学の方から聞いた1つの例です.

医学,薬学は,ひとつ博士号取得者の流通が確保されているのが特殊に思えました.



このブログの順位は何位でしょう?
クリックしてくれると嬉しいです↓↓↓
ブログランキングのサイトへ
 
 
 

2008年9月3日水曜日

政治と科学

 
09概算要求/科学技術関係費、14.3%増-環境・少子高齢化対応

来年度の科学技術関係費が増額されるかもしれないとのこと.国の科学予算は,当然ですが,政治家が決定します.政治,経済が科学に大きな影響力を持っています.小泉さんが首相でした頃は,ある意味で科学バブルだったわけで,博士号取得者も多く生まれましたし,natureやscienceといった一流科学雑誌に日本人研究者の論文が載る事も多くなりました.そのツケによって今はポスドク問題なども発生しているわけですが.

ところで,9月1日に福田さんが首相を辞任したとの事.防災の日にかけて,下記のような皮肉も生まれています
 防災の日─今年は未曾有の人災に備えた訓練も・永田町

さきほど,「政治,経済が科学に大きな影響力を持っています.」と言いましたが,関係しているのであれば,一方通行である事はありません.回りくどい言い方をしましたが,「科学も政治,経済に大きな影響力を持っているのです.」.

脱線しますが,スポーツも政治と無関係ではありません.スポーツの世界では,政治の世界の話をもってくるなという潔癖な発言をされることがしばしばありますが,それはとても幼稚な発言です.政治はスポーツに大きな影響を与えます.しかし,スポーツが政治に大きな影響を与える事もできるのです.1つの例は,近代五輪の精神でもある大会期間中の停戦があります(今回は見事に破られました.声明を出すなりの措置を執らなかったIOCは全くの腑抜けと言わざるを得ません).スポーツが政治とは無関係である事を主張するよりも,スポーツが政治に影響力をもつことがスポーツのすばらしさを表している,と私は思うのです.

アメリカでも大統領選のまっただ中です.アメリカの科学者のなかには,露骨に政治的な発言をする方もいます.それは,政治と科学が関係している事をつよく意識しているからでしょう.日本では,科学者は政治的な発言をすることはあまりありません.もっと言えば,その手の発言を避けるのではないでしょうか?政治はきな臭い面もあります.発言によっては命の危険を感じる事だってあるでしょうから,仕方のない部分もあるかもしれません.ですが,世界一安全な国(あくまで経験論ですが)ならば,科学者ももう少し政治の話題をしてもいいのかなと思います.単純に科学に予算をたくさん割いてくれる政党に一票という科学者がいても良いでしょう.私は,国の運営において科学が優先順位の1位とは残念ながら思えないので,その様にはいかないのですけどね.

総合的に考えて自民党は一度与党から降りるべきでしょう.自民党のやることに逐一反対する民主党も幼稚に見えるのですが,幼稚さに目をつむって変化をのぞみます.私達が端的に影響を与える事が出来る早く総選挙が行われる事を願うばかりです.



このブログの順位は何位でしょう?
クリックしてくれると嬉しいです↓↓↓
ブログランキングのサイトへ