2008年8月28日木曜日

伝言ゲーム

 
専門家が専門について語る時は気をつけなくてはいけないと,この文章を見て思いました.

マンガ 無自覚の刷り込み 子供の意識に大きな影響

このような文章を多くの方はどのように読むのでしょうか.「なるほど」と感心して,「そうなのね」と思うのでしょうか?わたしはふと目にとまったこの文章を読んで,専門家が専門を語る時の発言は気をつけなくてはいけないのかなと思ったのです.

この文章,きっと論理としては次のような順序なのだろうと推測するのです.

1.マンガは子供達に影響力のあるメディア

2.影響力があるので,子供達の感受性に影響する可能性がある.

3.子供達は情報に無自覚であるから,マンガの感性を無意識に受け入れてしまう.

4.親がマンガを選択してあげる,選択の仕方を教えてあげる必要がある.

つまり,この論理から言うとマンガでなくとも影響力のあるメディアなら,なんでもそうであるということですよね.きっとアニメや映画などもそうなのでしょう.「無自覚の刷り込み」とセンセーショナルに書いていますが,「子供が意識的に情報を選べない」ということを言ったにすぎません.ところが,タイトルや文章の構成から,マンガだと無自覚の刷り込みが起きるかのような印象を持ってしまう文章なのですよ.恣意的に思える文章です.

この記事が特別に悪いというわけではなく,この類の記事だらけです.専門家が話し,記者が記事にするという一連の手順のどこで上のような問題が起こるのかは知りませんので,誰が悪いのかはわかりません.ですが,専門家が専門を話した結果,専門家の意見として世に出てしまうのですから,発言には気をつけなければと思ったのです.専門家が悪いとすれば飛躍してモノを言いすぎですし,記者が悪いのだとすれば構成もよくないし,勝手な解釈のしすぎです.

専門を持つ身として誰かを媒介として意見を言う時には自戒する必要があるとしみじみ思いました.

PS.
「何も音がしない状態を『シーン』と言っていませんか。無音だから『シーン』という音もないはずです。私たちは無意識にマンガ表現を使っているのです」
上は,記事からの引用です.確かにわたしも「シーン」は手塚治虫が発明したと聞いたことがありますが,昔から「森(しん)」という韻で静けさを表していましたから,発明というほどではない気もします(例えば 「眩ゆき眼はしんと静まる」(虞美人草)夏目漱石).

PS.PS.
マンガで初めて開発された表現には何があるのでしょう.わたしがいくつか読んだなかでSLAM DUNKというバスケットのマンガで,最後の試合のシーンでセリフも擬音もなく,主人公達のゴールへ向かう動きだけが描かれた場面がありました.数ページ(数十ページ?)にわたって息を呑む疾走感が表現されていて印象に残っています.マンガ独特の表現だとは思いました.


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