高学歴ワーキングプア ~ 博士は大学教員への夢を見る?by hokky
上記のブログに触発されて,博士課程までの生態について,企業に進んだことのないわたしがつらつらと書こうかなと思います.上記の記事は昨年に書かれた記事でしたが,巷で持たれている博士課程の学生の印象はおそらくこの様なものなのでしょう.博士課程の学生については,大学にいる者として一度書きたいと思っていたので,良い機会かなと思いまして.
ちなみに,わたしと企業の接点というか,企業に対して持っているイメージは主に次の3つから得た情報です.
- 学生の頃,就職活動はしたことがあるので,その時に企業の人から聞いた情報.
- 修士の学生はほとんど企業に就職するので,そういう大学院と企業の両方を知っている友達からの情報.
- 企業と共同研究をしていたことがあるので,その時に得た情報.
ある程度,どういう経験や知識で書いているかハッキリさせた方が,これを読んでいる方にわかりやすいと思うのですよね.推測で言っている箇所は,それを明確にしながら書くので,その様に読んでくださいね.ちなみに,大学の様子についても,国立大学にいるので,私立大学の状況はわかりません.国立大学とはずいぶんと違うという話を聞いています.(余談ですが,hokkyさんは博士課程に進んだことのある方なんでしょうかね.最初はそうではない方かなと思っていたら,途中から博士課程の学生を知っているように断定的になっているので,博士課程から企業に進んだ方なのかなぁ.)
「業績を出していない大学教員がいつまでも大学に居座っているから自分たちのポストがないという感じで...」
これは,あるでしょうね.実質的には公務員である国公立大学の准教授,教授になるとクビになることは無いですし,任期制のところもまだ少ないのでそういう状況もあるかもしれないですね.企業でもそうだと思いますが,人数が十分にいるときは,今いる人員をクビにするか,毎年新卒で入ってくる人数を減らすかの2つだと思いますが,穏便に済むのは後者でしょう.仕方ないですね.大都市以外の小中高校の先生も新卒採用が少なくなっているようで,同じ状況ではないでしょうか.学問の世界については研究者の人数を増やしてもいいとおもうのですが,それを書くと長くなりますので,またの機会に.
「逆に、博士の方は『企業側が「博士卒は視野が狭い」』という理由を考えたことがあるのでしょうか?」
これは,そうでしょうか??
たとえば,博士課程を修了する27歳くらいの会社員がそんなに広くものを知っているのでしょうか?企業で働いている友達が結構いますが,少なくともわたしの友達を見ているだけではそうでもないなと思います.興味の幅が広いとも思いませんしね.もちろん,狭くもないですよ.同じくらいです.大学の研究者と同じように,企業で開発に長く勤めている人なんかも専門性だけが高くなってしまっている印象を持っています.頭の硬い上司って周りにいませんか?
それから,博士課程の学生は学術会議に参加しますが,少なくとも大企業が手がけている製品種類程度には異なる研究を対象とする人々が集まります.それくらいの範囲でアンテナを広げていないと,自分の発表を理解してもらえません.広い知識と興味を持つ訓練を受ける機会は比較的多くあります.
「...商品化するためには、学術論文からは排除されている部分が重要だったりするのですが、その部分は論文にならないために、大学などではほとんど手を出しません。また、大学教員は、一般企業に就職しないまま教員になることが多いので、そういった部分の重要性をまったく理解していません。」
商品化のために「論文に書かれないところが重要だ」というのは,その通りだと思います.
ただし,重要性を理解していないというのは違いますね.大学では商品化することが目的ではないですから,重要視しないのは当たり前です.大学の研究者も,商品化するために論文以外のところが重要だと言うことは理解できるでしょう.でも,これがあるおかげで,製品開発(特許)と論文の住み分けができるのですよね.わたしが共同研究をしていた頃は,製品開発に関わる問題解決を抽象化して論文が書かれていましたし,製品開発自体は細かい技術的なところが議論されていました.
「本書で、少し気になったのは、「博士号」を取得した人は、取得していない人(例えば、博士前期課程を修了して企業等に就職した人)と比較して何が良いのでしょう?例えば、本書に『大学院生には、すべてのことに対して自ら問題を設定し、仮説をたて、あるいは最後に導き、それを検証し、自ら解答を得ることが求められる。<省略>日々の生活のなかで、思考を鍛える訓練や思考実験などを繰り返し行っていくこと。これこそが、大学院生が大学院に在学している間に与えられる環境であり機会なのである。』とあります。また、他にもいろいろと書いてあるのですが、この程度のことは、通常、企業にいてもやる話で別に「博士号」とはほとんど関係ないと思います。」
今回一番コメントしたいなと思っていたところがココでした.大学教育,研究の水準はかなりばらつきがあります.特に,大学院生の場合は,所属した研究室によって全然違います.同じ大学でも研究室によって教育の方法は全く違うことがかなりの場合です.ですから,hokkyさんがおっしゃるとおり,「企業にいてもやる話で...」という印象を持つのもありえることだと思います.
ただやはり,研究と企業での開発は,そこで訓練されることが大きく違うというのが私の印象です.「自ら問題を発見し、仮説を立て,検証する.」これは訓練するためには,大学で研究をすることが一番でしょうね.企業での開発は,上層部で開発のロードマップが決められていますし,個人が立てる仮説は小さい部分でしかありません.また,企業では研究で言うところの「検証」は行われていないことがほとんどです.企業では製品がうまく動作すればよくて,また場合によっては効率性や安全性が既存の製品と比較できれば満足してもらえます.科学で言われている「検証」というほど厳しいことは求められません(科学で「検証」と言う時,それは非常に強い言葉として使われます).特に,「問題を発見する」ということを企業に務めている個人が行うことはほとんど無いでしょう.ほとんど,開発する製品に依存して問題は決まっています.もちろん,比較の問題ですから,hokkyさんが言う「通常、企業にいてもやる話で」は間違っていないと思うのですが,「別に「博士号」とはほとんど関係ないと思います。 」は違うと思うのですよね.企業でもある程度やると思いますが,博士課程の学生はもっとやります.
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ちなみに,「大学教育,研究というのはかなりばらつきがあります」と書きました.ここまで大学を擁護するような文章を書きました.ですが,...あまり書きたくないですが,学会など行くとあきらかに低い水準の学生がたくさんいることは確かです.大学もできれば,そういう学生には博士の学位を出さないようにしてほしいですね.学士は最低では参加賞,修士は最低でも努力賞,博士は最低でも業績だと言われることがあるのですが,修士の努力賞ですらやめて欲しいのですよね.非常に評価しにくい努力を基準にしてしまうと,場合によっては評価基準がどんどん下がってしまうことがあります.
まとめますと,博士課程の学生と同年代で企業に働いている人の水準は全体としては変わらないと思います.博士課程の学生の長所を言えば,次の3つです.問題発見能力と抽象的な解決方法の発見能力です.例えば,なぜかうまくいかない時に,そこにある問題を発見してくれます.そして,それを解決するために必要な技術や方向性を提示してくれます.もちろん,当人が解決に必要な能力を持っていない場合もありますが,それは企業という組織なら容易に解決できますし,企業は良いところです.最後に,言うまでもなく専門性.ちょっとひいき目に書きました(^^;)